「お待たせ」

「志貴ちゃんさっきの・・・」

「女の子だったから助けたの?」

「まさか、他校の人間だったからうちの恥さらす前に止めさせただけさ」

「「「「「ふーん」」」」」

「完全に信じてないな・・・そう言えば話は変るが、アルトルージュ、リィゾさん達はどうしたんだ?いない様だけど」

「リィゾ達は私の城に残してきたわ。連れて来ると色々うるさいもの。リィゾやプライミッツは良いけど・・・フィナはね・・・」

「アルトルージュ・・・あの人の性癖は直せないのか?」

「志貴君の『直死の魔眼』でも無理だと思う」

「そうだろうな・・・・それとシオン以前はアトラシアって名乗っていたと思うけど名前戻したのか?」

「はい、アトラシアは既に返上しています。今の私はただのシオン・エルトナム・ソカリスに過ぎません」

「そんな事できるのか?」

「いえ普通は出来ません。エルトナム家が元々アトラス院では忌避の象徴でしたから出来た事です」

「忌避??」

「それについては・・・その・・・」

「そうか・・・まあ、話せる時が来たら話してくれな。さてと・・・帰るか」

ごたごたを片付けて志貴達が帰ろうとした時不意に呼び止められた。

そしてそれは第二の嵐の到来をも告げていた。

六『枯渇』


「あれ?七夜君・・・達も今帰りなの?」

「ああ、弓塚さん」

いかにも偶然に・・・それでいて志貴達と帰宅時間を合わせていたが・・・さつきが声を掛ける。

「そ、それにしても・・・すごいね・・・」

「ああ・・・」

さつきが引きつった(気のせいかこめかみが痙攣している)笑みを浮かべるのも無理は無い。

何しろ今志貴は左右の両腕に翡翠、琥珀が組んで、後ろにはアルトルージュが飛びつき、さらに肩口にはアルクェイド・シオンが寄り添っている。

お陰で両腕と背中には翡翠・琥珀・アルトルージュの慎ましくもほど良い柔らかさを感じていたし首筋にはアルクェイド・シオンの息遣いを直接感じる。

志貴は居心地の悪さを自覚していたし、周囲の視線は相当に冷たい。

「えっと・・・家ってどっちなの?」

「ああ、俺は・・・」

そう言って志貴は詳しい場所を言うと、

「じゃあ私と途中まで一緒だ。どうかな・・・一緒に帰らない?」

「そうだな・・・」

志貴は思案する。

「ああ、頼むよ、ついでに色々案内してくれればありがたい・・・けどそれでいいか?」

「私は良いよ」

「私もオッケーです〜」

「それで良いよ〜」

「私も良いわ」

「それで問題は無いかと」

「じゃあ頼むよ、弓塚さん。それと少し夕飯の材料も買出しに行くから寄り道するけど大丈夫?」

「うん良いよ」






さすがに男一人、女六人(それも全員水準を大きく越える美貌)だと良く目立つ。

商店街に出た志貴達は先程よりも居心地の悪さを感じていた。

「まあ、仕方ないか・・・」

「確かにね、七夜君達目立つもん」

志貴のぼやきにさつきは朗らかに笑いながら応える。

志貴の『離れてくれないか?』と言う頼みは簡単に却下されて志貴は五人を事実上引き連れて商店街をのし歩いていた。

ただ、志貴に寄り添って呆けている様で全員しゃきっとしていた。

現に、

「さてと・・・琥珀、晩は何する?」

「そうですね・・・豚肉が安いですし、生姜焼きにしましょうか?あっでも志貴ちゃん・・・」

「ああ、アルクェイド達の歓迎会は・・・次の休みに改めて行おう」

「じゃあそれで」

志貴に夕飯のメニューを聞かれれば琥珀ははきはきと答えるし、

「翡翠、家庭用品で足りない物は?」

「大丈夫、お父さん達がしっかり用意してくれたから洗剤とか全部揃っているよ」

翡翠も答える。

「それと、アルクェイド、アルトルージュ、シオン。着替えとか身の回りの品はもう向こうにあるのか?」

「うん、引越しの業者さんが全部やってくれたよ」

「ええ、私も大丈夫よ」

「私もです」

アルクェイド達も質問にしっかりと答える。

「おい・・・それもまさかとは思うが・・・」

「ええ、志貴君のお義父さんが全部手配してくれたの」

「父さん・・・恨むぞ・・・」

「志貴?どうしたのですか?急に頭を抱えて。義父上がどうかしたのですか?」

「いや、なんでもない・・・それよりも何で皆父さんを『お義父さん』やら『義父上』なんて読んでいるんだ?」

「「「だって、志貴(君)と結婚したら(すれば)お父さんは私の義父さんになるじゃないの?」」」

さも当然のように宣言する三人だった。

「・・・琥珀・翡翠、帰ったら本気で父さん追及するぞ」

「うん・・・」

「あはは〜お父さんに新薬の人体実験をしていただきましょう〜」

志貴の怒りの篭った声に応えるのは、完全に無表情と、仮面の笑みで肯きあう二人だった。






「へえ〜ここが七夜君の家なの?」

「ああ、広いと思っていたんだが・・・」

家の前で溜息を吐く志貴。

それを尻目に勝手知ったる我が家の様に上がるアルクェイド達三人、

「あ、あれ?何で・・・」

「何も聞かないで、見なかった事にして更に全て忘れて」

最後まで言わせる事無く遮る志貴。

「う、うん・・・いいけど・・・」

「ああ、じゃあまた明日」

「うん、七夜君またね」

そう言って手を振って別れる二人。

「さてと・・・」

姿が見えなくなると志貴は家に入り、電話口で固まっている琥珀に

「琥珀、父さんは?」

「それがお母さんの話だとつい数分前館を出たと・・・」

「ちっ、逃げたか・・・」

「多分そうだと思う・・・お母さんもこの事聞いてなかったし・・・」

「とりあえずお母さんにお父さん半殺しにして良いって言っておいた」

「志貴ちゃん、お母さんから」

「ああ・・・とりあえず替わるよ・・・」

何となく内容を察した志貴は大人しく受話器を受け取る。

「ああ、母さん?」

「ええ、志貴?良いわね〜翡翠に琥珀から聞いたわよ。綺麗な女の子三人も欧州で捕まえて来たの?」

口調こそ、いつもの調子だったが台詞の節々から殺意が滲み出る。

「つ、捕まえたって・・・」

「似たようなものでしょ?」

「はい、お母様の仰る通りです」

事実である事には変わらないのでひたすら腰を低くする。

「まあ、翡翠達を捨てなければ私としては文句は無いんだけど・・・あら、御館様が帰ってきたようね。じゃあ志貴、くれぐれも・・・二人を泣かせちゃ駄目よ

そう言って電話が切られる。

おそらく里では地獄が形成しているだろう。

「はあ・・・さて・・・ちょっと三人の様子見てくるよ」

「うん」






二階に上がると賑やかな声が聞こえてきた。

「姉さん!私が志貴の部屋に入るの!!」

「私よ!!」

「真祖と死徒の姫では両方とも諍いを起こす可能性がありますここは中立の私が・・・」

なにやら物騒な話をしている。

「おい、どうしたんだ?」

「あっ志貴、えっとね、部屋割りで揉めていたのよ」

「は?何で部屋割りで」

「同然でしょ?アルクちゃん志貴君と同じ部屋が良いなんて言うんだもの」

「姉さんだって志貴と同じ部屋って言っていたくせに〜」

「「おまけにそこの錬金術師は漁夫の利を狙ってくるし!!」」

「漁夫の利とは失礼な」

このままだと家が崩壊すると見た志貴は仲裁に入る。

「とりあえず、部屋は俺で決める。文句は無いな?」

「「「えええ〜」」」

どう言われ様ともこれだけは譲れないとばかりに志貴も強硬に主張する。

無論反対の大合唱をあげたアルクェイド達であったが半ば強引に志貴が部屋を分けた結果、一階には志貴が一番玄関に近い和室を陣取り(無論レンもそこに同居)、二階は元々五部屋あったが、翡翠が一番手前その次を琥珀がすでに入っているので残る三部屋をシオン・アルクェイド・アルトルージュが入る形となった。





「ふう・・・やっぱり琥珀の料理は美味いな・・・けどな・・・あれだけは勘弁して欲しい・・・」

賑やかな・・・いや、騒々しい夕食も過ぎ志貴は自室でのんびりくつろいでいた。

と言うのも・・・

「志貴ちゃん、はーい、あーん」

「い、いや、こ、琥珀・・・俺にも箸を・・・」

「あはは〜そんなの駄目ですよ〜浮気性の志貴ちゃんには、お仕置きとして今日のお夕飯、私と翡翠ちゃんが食べさせます〜」

本当にお仕置きか?と、疑問に思ったが直ぐにその考えを改める。

何しろ、左右から交互に

「志貴ちゃん、あーん」

「志貴ちゃん・・・はい・・・あーん」

翡翠は満面の笑みで、琥珀は最初こそ笑っていたが、やがて頬を紅くして、もじもじしながら志貴に食べさせる。

これが三人だけなら良い。

しかし、今のこの場所には・・・

「「「・・・・・・・」」」

怒りの表情に満ちた三人がいた。

それも見せ付けるかのように対面式で・・・

やがて、我慢も限界に達したのか、

「志貴!!これも食べて!!」

「志貴君、もちろん食べるわよねぇ〜?」

「・・・し、志貴!わ、わわわ・・・私のも食べてください!!」

一斉に突きつける。

「駄目!!志貴ちゃんにあ〜んをするのは私と姉さんだけの特権なの!!」

「その通りですよ〜お情けでお食事を頂いている新参者は、そこで大人しくご飯食べててください〜」

挑発も行われる為、本気で生きた心地のしなかった志貴だった。

「さてと・・・風呂に入る前に少し身体を動かして・・・」

(主よ・・・)

その時不意に脳裏に声が響く。

(??玄武どうした)

(はっ・・・主の周辺に不穏な空気が覆っております)

(不穏な?)

(主よ・・・どうもこの家一帯に人払いの結界が張られています・・・どうやら、数多くの気配に自らの気配を紛れさせて包囲を完成させたようですな・・・よほど気配を遮断する術に長けた一団のようです)

(本当か?白虎)

(はっ・・・同じ事を真祖も察している筈・・・)

その言葉と同時にアルクェイド達が志貴の部屋に飛び込む。

「志貴!!」

「ああ、わかっている。この家が何者かに包囲されているんだろ?」

「ええ、気配を消すのに手慣れた奴らのようね。私でも完全に包囲されるまで気付かなかったなんて・・・」

「仕方ないだろ、四聖すら今気付いたほどだ。アルトルージュに責任は無い。それに連中がここまで手荒な真似をするとは思わなかったしな・・・」

「連中?志貴心当たりがあるのですか?」

「もしかして・・・」

「志貴ちゃん・・・遠野ですか?」

「と言うよりもそれしか心当たり無いだろ・・・」

そう言うと同時に、今度は朱雀が声を掛ける。

(主よ・・・不穏なる空気がこちらに)

(そうか・・・一箇所からか?)

(いえ・・・三つに分かれておりますな・・・正面からと右手と左手・・・)

青竜の報告に志貴は静かに肯く。

(よし・・・)

「敵は三方向・・・正面、右手、左手から同時にこちらに向かって来ている。三つに別れよう。翡翠、琥珀それとシオンは敵の右翼を叩いて、アルクェイド・アルトルージュは左翼を頼む。俺は正面の敵を引き付ける」

「志貴、大丈夫なの?」

「なに、いざとなれば奥の手も使う。心配は要らない」

「志貴ちゃん・・・」

「そんな顔するな琥珀、遅かれ早かれ起こる事だ」

「うん・・・」

「それと、アルクェイド、アルトルージュ、くれぐれも殺すなよ」

そう言うと、志貴は『七つ夜』を構えてから、振り返る。

何時の間にか全員得物を持っている。

「いいか?一斉に飛び出す、そうしたらそれぞれ・・・」

その言葉に全員が一斉に頷く。

「よし・・・散開!!」

その言葉と同時に志貴達は三手に別れ、それと同時に怒号と銃声が響き渡った。






時を戻す。

その襲撃者達は志貴達が食事を終える頃志貴の家を包囲していた。

「準備完了しました」

「よし・・・これより結界を発動させると同時に突入、七夜志貴を処分する」

「隊長、あそこには七夜に養子として入った巫淨の娘達もいましたが・・・」

「その娘達は屋敷に連れ帰る。感応能力は極めて貴重だからな。だが抵抗するなら止むをえん・・・殺せ」

「はっ・・・」

そうして完全に包囲が完了、時間が予定時刻に入る。

「よし・・・結界発動・・・突入・・・」

「た、隊長!!標的がこちらに・・・ぐえっ!!」

その言葉と共に一人が倒れる。

「!!な、なんだ!!」

「隊長!!右翼より通信!!巫淨の娘と思われる女達の襲撃にあい、混乱に至っているとの事です!!」

「なんだと!!直ぐに捕らえろ!!左翼部隊にも連絡を取り包囲補足しろ!!」

「だ、駄目です!!左翼からの報告が途絶え・・・がはっ!!」

その報告を最後にその兵士も倒れる。






場所を変える。

包囲をしていた右翼部隊が突入を開始しようとしていた時眼の前に三人の少女が現れた。

「??なんだ?」

「おい、あれ・・・」

「間違いない。うち二人は巫淨の娘だ。よし、捕獲しろ」

「はっ」

そう言って一人が近寄ろうとした時

「じゃあ行くね翡翠ちゃんシオンさん」

「「ええ」」

そう肯くと同時に琥珀と翡翠は全身に霊力を漲らせ、シオンはエーテライトを引き伸ばす。

「おいおい、無駄な抵抗は止めて・・・」

その兵士は最後まで言う事は出来なかった。

―居閃・雹―(いせん・ひょう)

唐突に頭上に現れた翡翠の峰打ちに何が起こったかも知る事無く昏倒した。

「な、なん・・」

―二閃・疾風―(にせん・はやて)

風が吹いたかと錯覚を起こすほどの早く琥珀は走り二人が倒れる。

ようやく二人の腕を掴み拘束しようとしても

「そんな汚い手で触らないで!!」

「そうですよ〜私達の手を握れるのは志貴ちゃんだけですよ〜」

その言葉と同時に

―閃走・六魚(せんそう・ろくぎょ)―

志貴の『閃走・六兎』の要領で斜め上に蹴りを放ち、追い討ちとばかりに脳天に踵を打ち込む。

「!!な、止むをえん!!殺せ!!それと本隊にも連絡!!」

慌てふためく残存者はようやく銃口を構えようとするが次の瞬間倒れ込む。

シオンのエーテライトが突き刺さり、ショックを与える事で昏倒させた。

「な、なんだと・・・」

そこまで言おうとした時には自分達が追い詰められた事を悟った。

後頭部に銃口を突きつけられていた。

「詰みです」

その言葉と同時に最後の一人も倒れる。

「容易い相手でしたね」

「ですけどそれは最初から油断していたおかげですけどね」

「姉さんこの人たちどうしよう?」

「とりあえずぐるぐる巻きにして庭に放置しておきましょうか?」

「そうですね、さらにエーテライトで麻痺もさせておけば完璧でしょう」

そう言って私兵たちが持っていた拘束用のロープを使い、手際良く作業を行った。

一方左翼部隊は瞬きほどの時間で全員戦闘不能に陥っていた。

「まったく手ごたえ無いわねぇ〜」

「ほんと、これだったら志貴君の方がよっぽど歯ごたえあるわね」

「姉さんとりあえずこれどうする?」

「そうね・・・ほっときましょ?魔眼で動けなくしたからもう害は無いと思うし・・・じゃあ志貴君の所に援軍に行きましょうか?」

「ええ・・・!!ね、姉さん・・・」

「嘘・・・なによこの魔力の奔流・・・それも志貴君のものじゃない・・・」

「急ぎましょ!!」

「ええ!!」

そう叫び、姫君姉妹は一斉に駆け出した。






気がつけばそこで立っているのは自分一人だと言う事に初めて気付いた。

全員死んでいないが、戦闘不能に追い込まれた事は明白だった。

「さてと・・・最後はあんた一人だね」

自分の目の前には標的となり今日最期を迎えるはずの青年がいた。

「な・・・ば、馬鹿な・・・こ、こうも容易く・・・」

そう言うと、その男は踵を返し逃走を図る。

志貴がその後を追いかけようとした時、男と誰かがぶつかる。

「きゃあ!」

「くっ!!」

咄嗟に男はサバイバルナイフを抜くと、そのぶつかった相手を捕らえナイフを突きつける。

「う、動くな!!」

そう言って男は志貴を凝視するが志貴も動く訳には行かなかった。

何故なら人質となったのは・・・

「な、七夜君・・・」

(弓塚さん・・・)

さつきだった。

(くそっ、なんでこんな所に弓塚さんが・・・それも人払いの結界が貼られているにもかかわらず・・・)

志貴にとっても想定外だったが男にとっても予想外な事だった。

「ちっ!!まあ、良い、さ、さあ、さっさとその刃物を捨てろ!!」

そう言いながらさつきを捕らえている手にナイフを持ち直し、もう片方で短銃を構える。

思わぬ逆転にニヤリと凶悪な笑みを浮かべる。

「ちっ・・・」

志貴は舌打ちをすると『七つ夜』を地面に置く。

「ははは・・・そうだ、それでいい、さてと・・・貴様は死ね」

そう言い引き金を引こうとした瞬間、

「あ、ああああ・・・い、いやあああああああああ!!!」

さつきの大絶叫と共に猛烈な魔力が奔流となって噴出され新たな世界が構築された。






この時弓塚さつきがこの近くにいたのはまったくの偶然だった。

彼女は担任のエレイシアに学級委員ということもあり、今日転校して来た三人(アルクェイド・アルトルージュ・シオン)にプリントを渡すのを頼まれたにも拘らず、すっかり忘れていた。

最も、さつき自身、志貴と一緒に下校できると言う事で内心舞い上がっていたし、それに冷水を浴びせられるような光景を目の当たりにすれば止むを得ないとも言えるかもしれないが。

ともかく帰宅して夕食後、勉強を始める時やっと思い出し慌てて志貴の家に向かったのだ。

途中何か違和感を覚えたがそれも直ぐに消えたので構う事無くさつきは向かう。

そして、今この様な状況になっていたのだ。

最初何がなんだかわからかったさつきだったが、事態を飲み込んで恐怖が爆発した時さつきは自身すらも気付かなかった・・・おそらく一生気付かない方が良かったであろう・・・力が解放された。






「な、なんだ!!」

さつきを中心に世界が急激に変化していく。

その光景は枯れ果て潤いなど何処にも無い荒廃した中庭・・・

「これは・・・固有結界??なんで人間の弓塚さんに??」

志貴も男も驚愕したが、危険を察した志貴は結界の外に避難する。

それは正しい選択だった。

何故なら、

「あ、ああああああ・・・の、咽喉が・・・」

一瞬で極度の脱水症状に陥った男がその場に昏倒する。

もし少しでも躊躇っていれば志貴も危なかった。

ほんの僅か結界内にいた志貴でも酷い咽喉の渇きを自覚している。

だが急がなければならない。

これ以上あの結界にいればあの男は全ての水分をなくし、からからのミイラと化すだろうし、人払いの結界が解ければ面倒な事になりかねない。

(白虎!!)

(御意!!)

−極鞘・白虎―

志貴の手に握られるのは『双剣・白虎』。

そして志貴はその力を解放する。

―疾空―

次の瞬間には全てが終わっていた。志貴の頚動脈の一撃で昏倒したと同時にさつきの固有結界は消滅した。

「ふう・・・」

一息つくと志貴はそのまま男の脈を確認する。

昏倒しているが、命に別状はなさそうだ。

そこに

「志貴!!」

「志貴君!!」

アルクェイドとアルトルージュが駆けつける。

「志貴大丈夫?」

「なんか凄い量の魔力を感じたんだけどどうしたの?」

「ああ、じつは・・・」

志貴が事情を説明しようとした時翡翠・琥珀・シオンも駆けつけた。

「志貴ちゃん大丈夫?」

「ああ、それよりも琥珀、布団を」

「??あれ?さつきちゃん???」

「志貴彼女は?」

「それは家でまとめて説明する。とりあえず水を大量に」

「水?」

「ああ、頼むよ咽喉が渇いて乾いて・・・」






志貴が事情を説明した時翡翠・琥珀以外は呆然として未だに気を失って布団に横たわっているさつきを凝視する。

「うそ・・・」

「志貴彼女はただの人間です。それが固有結界など・・・」

「信じられないのは良くわかる。だが弓塚さんは間違いなく固有結界を発動させた。多分無意識で発動させただけだから覚醒と言う意味じゃないと思うが・・・」

既に水をコップ十杯飲み干してようやく咽喉の渇きを潤した志貴はそう言って嘆息する。

「それでも異常よ。志貴君もわかっているけど固有結界は、人の心象世界を具現化する現代の魔術師からすれば魔法に限りなく近い魔術。それを魔術の心得も無いただの人間が・・・」

「ああ、それはわかっている。だが弓塚さんが固有結界を発動させた事に替わりは無い・・・それに彼女は結界を苦ともせずに入り込んだ。とりあえず彼女のこの数分間の記憶を削除するしかないか・・・」

「そうですね。志貴の意見が妥当だと思います」

「ああ、じゃあ姉さんに頼むか・・・それとシオン、さっきの男は?」

「はい、志貴の言うとおり、バケツで水をぶっ掛けておきました」

「いや、シオン、俺は『水を飲ませてやってくれ』と言ったんだが・・・」

志貴の戸惑い気味の声にシオンはこう返す。

「元々、志貴に危害を加えようとする人間に対して私が好意的にならなければならない理由など地平線まで探しても存在しません」

「そ、そう・・・で、どうなったの?」

「え?どうしたって、まだ眼を覚まさないから全員で一回づつぶっ掛けたけど?」

その問いに当たり前のようにこたえるアルクェイド。

「ははは・・・それは過激な・・・とりあえずそいつ見張っておいて、俺はエレイシア姉さんに連絡入れるから」

そう言って志貴は電話機に向かっていった。






中庭では、意識を取り戻し始めた襲撃者達がうめき声を上げていた。

しかし、ロープで縛った上念には念を入れてアルクェイド・アルトルージュの魔眼で麻痺までさせた以上、襲撃者達に脱出の術など無かった。

「ぐ、ぐぐぐう・・・」

「ああ、眼が覚めたか?」

指揮官と思われる男がようやく意識を覚醒させた時眼の前には標的がいた。

「く、くそ・・・俺達をどうする気だ?」

「どうするも何も喋ってもらうだけさ色々と」

「ふ、ふん、簡単に口を割るとでも思ったか?」

「いや別にあんたの口の軽さを期待している訳じゃないし・・・琥珀、まだ咽喉渇いていると思うから」

「はい、志貴ちゃん、お水」

そう言って琥珀はコップに注がれた水を差し出す。
「飲むか?」

「ふ、ふん、どうせ自白剤でも入っているんだろう?」

「いや、ただの水道水だが」

「信じられるか」

そう言って顔を背ける。

「やれやれ・・・じゃあいいか早速だが色々聞かせてもらうぞ」

そう言うと志貴は質問を始める。

「お前達、誰に頼まれた?」

「・・・・・・・」

「何の目的でここを襲った?」

「・・・・・・・」

「質問を変えるか・・・お前たち遠野に雇われたんじゃないのか?」

「・・・・・・・」






この後も志貴は幾つもの質問をしたが男の口が割られる事は無かった。

「やれやれ・・・本当に強情な連中だ」

一旦尋問を終え家に入った志貴は呆れ顔で嘆息する。

「ですが無駄と言うものですが・・・」

それにシオンが応じる。

「そうだな・・・で、どうだった?」

「はい、志貴の聞きたい事は全てエーテライトから引き出しました」

そう、志貴の尋問も琥珀の水も全て囮に過ぎない。

昏倒している時からシオンのエーテライトは当の昔に繋がりそこより情報を全て奪い取っていたのだった。

「志貴君!!」

そこへまさしく音速の勢いでエレイシアが飛び込んでくる。

「わわ、姉さん」

「姉さんじゃありません!!志貴君怪我は・・・」

「大丈夫だよ」

「そうですか・・・」

志貴の言葉にほっと息をつくエレイシア。

だが直ぐに緊張したものに変貌させる。

「それよりも!!何でここにあーぱー吸血鬼姉妹にアトラシアがいるのですか!!」

「そんなの簡単でしょ?ここが私達と志貴の家だから」

「そうね。貴方こそ若作りの先生役お疲れ様」

「代行者、私は既にアトラシアの称号は返上しています。私はシオン・エルトラム・ソカリスとしてここにいるだけです。志貴と共にいる為に・・・」

「まあ、姉さんその事についてはゆっくりと話しますから」

「まあ、良いでしょう・・・それにしても本当ですか?弓塚さんが固有結界を発動させたと言うのは?」

「はい、実際俺が見ていますから、おまけに人払いの結界を容易く突破していますし」

「そうですか・・・本部に知れたら一発で封印指定行きですよ・・・恐ろしい潜在能力としか言いようがありませんね」

「ええ、で姉さん」

「わかっています。私の方で記憶を消しておきます。無意識レベルなら特に問題は無いでしょうから。それで志貴君を襲ったのは・・・」

「それはシオンの方から聞く所。じゃあシオン頼めるかな?」

「はい、まずあの襲撃者の目的はやはり志貴の殺害にありました。そして翡翠・琥珀を可能なら拉致、不可能ならやはり殺害をと指示されていました・・・」

「俺はともかく二人に関しては間違いなく感応目当てだな。で雇ったのは遠野か?」

「いえ、刀崎・久我峰からと・・・」

「刀崎?久我峰?」

思わぬ言葉に志貴は緊張するが、聞きなれない単語に琥珀達は首を傾げる。

「志貴ちゃんそれって何処の家ですか?」

「刀崎・久我峰は遠野家の中でも有力な分家だ。遠野本家の刀崎は裏を、久我峰は表を牛耳っている現当主遠野四季の後見人の役目を担った家だ」

そこまで言って志貴は考え込んだ。

「遠野の分家が動いたと言う事か・・・しかし・・・そうなると・・・」

「志貴?どうしたの?」

「いやなんでもない・・・シオンこれ以上は?」

「いえ、申し訳ありませんが彼らはあくまでも裏の技法に長けた傭兵でこれ以上は・・・」

「そうか・・・子飼いでなくか・・・そうなると失敗を想定していた?まあいい、今回の襲撃が失敗した以上連中も何らかの形で動きがあるという事か・・・とりあえずしっかりとご返却してこないとな・・・」

そう言って志貴は不適に笑った。

「とりあえず庭の連中は再度眠らせて、俺が夜明け前に雇い主の所に突っ返してくる。それと姉さんは弓塚さんの記憶頼むよ。あと、翡翠達は寝ていて良いよ」

「大丈夫志貴?私も手伝おうか?」

「ありがとうアルクェイド。だけど俺一人で大丈夫だから、お前はゆっくり休め。じゃあ姉さんお願いします」

「はい、任せちゃってください」






「う、うんんん・・・」

「ああ、やっと眼が覚めた?」

「う・・ん・・・??あ、あれ?あれれ?ええええええええ!!!!!

さつきは眼を覚ますなり一気に覚醒して大絶叫を上げた。

しかし、それも無理らしからぬ事だろう。

何しろ眼の前にいきなり志貴の顔がアップで迫っていれば。

「っっっつ〜〜〜・・・大丈夫そうだね弓塚さん」

いまだにキーンとなる耳を押さえしかめっ面になりながら志貴は言う。

「え、ええええ・・・な、なんで・・・七夜君が・・・」

「あれ?覚えていないの?弓塚さん俺の家に来て急に倒れたじゃないの?」

「あ、あれれ?そうだったっけ?・・・なんか怖い夢見ていたような気も」

「夢だよきっと・・・」

優しく微笑みながら静かに水を持ってくる。

「それだから家には連絡を取っておいたから・・・で、どうしたの?こんな時間に?」

「あっそ、そうだ・・・わたし、今日転校して来た三人にえっと・・・」

ごそごそと部屋の片隅に置かれたデイバックからプリントを差し出す。

「これを渡そうと思って・・・」

「なるほど、ありがとう弓塚さん」

そう言ってにこっと笑う。

「は、はうっ!!」

それによって更にさつきの顔は紅潮していく。

「とりあえずこれは三人に渡しておく。弓塚さん今日は遅いから送っていくよ」

「えええっ!!で、でも・・・」

「都合悪い?」

「う、うんん!!そうじゃないの!!で、でも・・・」

「でもも何も無いの。第一こんな時間に一人で帰して、何かあったら俺の夢見が悪くなるって」

「そ、そう・・・じゃあお願い・・・」

結局小声でさつきはお願いしたのだった。







日付こそ変わっていないがもう深夜と呼んでもおかしくない時間、若い男女が二人だけで歩く。

それだけでもさつきの心拍数は上がり調子で下がる事を知らなかった。

「・・・・・・」

「・・・・・・」

二人は終始無言だったが理由はまったく異なる。

さつきは憧れの志貴と二人っきりと言うシュチュエーションでとても話せる状態ではなかったし、志貴はさつきと馴れ馴れしく話すほど親しくなかったし、親しくない相手と話を弾ませるほど器用ではなかった。

「で、弓塚さんの家はこっちで良い?」

「う、うん・・・」

志貴は必要最低限の事しか聞かないし、さつきはそれに返事をするだけで会話が続かない。

「・・・ふう・・・」

そんな時志貴は夜空を見上げると軽く溜息をつく。

「ど、どうしたの?」

ひょっとして自分と一緒に帰ってもつまらないのか?

そう思いやや怯えながら尋ねる。

しかし、志貴の返答は異なるものだった。

「いや、ここだと星は良く見えないなと思ってさ」

「え?ここも充分夜空は綺麗だと思うよ?」

「ここにしてはね。俺の実家だともっとはっきりと見えるから」

「へえ?そうなんだ」

「ああ、子供の頃は良く月や星を飽きる事無く眺めていたものさ」

別に志貴はさつきと親しくなる為に話題を出した訳ではない。

それ程星が綺麗に見えない、常日頃からの軽い不満を口に出した時たまたま、さつきがいたに過ぎないのだから。

しかし、それでもさつきには志貴と親しくなれる第一歩と内心狂喜していた。

「七夜君って星を見るのが好きなの?」

「好きというよりは・・・気分を落ち着かせる為に良く見ているだけさ」

「そうなんだ・・・星座とかは詳しいの?」

「いや、ただ何も考えずに星や月を眺めるのが好きだったからそう言ったものはからっきし」

「へえ・・・」

ようやく会話が弾み始めたと思われたが、時が遅すぎた。

「あっ・・・私の家ここ・・・」

「そうか・・・案外近かったな・・・」

さつきが残念そうな声を出すのに対して志貴は感心したように呟く。

「さてと、じゃあ俺はこれで帰るよ」

「う、うん・・・」

そう言って志貴は踵を返そうとしたが直ぐに振り返り、

「そうだ、弓塚さん、翡翠と琥珀と、これからも仲良くしてやってくれないかな?あの二人どうも同姓の友達少ないから」

「う、うん・・・じゃあまたね七夜君」

「ああ、また」

そう言って志貴は一路帰路につくのだった。







「ただいま〜」

さつきを送り、傭兵達を所定の場所に届けて、全て済んだのは日付が変ってからだった。

もう全員寝ているのか家は静かなものである。

「さてと・・・んっ〜」

軽く背伸びして風呂に入る。

「しっかし・・・疲れた〜」

色々有った日であったから尚更である。

風呂にも入り終えて水を飲みながら少しぼけっとしていると、電話が鳴った。

「はい、もしもし」

「志貴か」

「ああ、父さん」

「いつつつつ・・・厄日だな、あいつ本気でやってくるからな・・・」

「それは父さんの自業自得、第一どうして教えてくれないんだよ」

「蒼崎の奴から強引に頼まれたんだ。これは志貴には内緒にしておいてくれと」

「やはり先生も絡んでいたか・・・まあ、その話はまた今度と言う事で・・・それよりも父さん」

「どうした?」

志貴は早速今日・・・昨日の事を報告する。

「なるほどな・・・宗家でなく分家が先に動いたと言うのか・・・」

「うん・・・でも問題は宗家の指示が分家を動かしたのかそれとも分家の暴走なのか・・・」

「それによって、対応も変ってくるな・・・わかった、こちらでも宗家と分家の関係も含めて調査してみる。それと志貴援軍は・・・」

「大丈夫、父さん達が内緒で送ってくれたそれはそれは頼もしい援軍がいるから」

「・・・志貴随分と手厳しいな」

「当然でしょ?それと情報に関しては頼むよ父さん」

「ああ、志貴お前も気をつけろ。どう言った手を使ってくるか判らんからな」

「判った」

電話を切る。

「さてと・・・寝ようか」

そう言うと、自室で何時の間にか敷かれた布団(おそらく翡翠が用意したのだろう)に包まると直ぐにレンが傍らに寄って来て、そのまま眠りに付いた。

・・・翌朝何故かレンではなく左右で添い寝している翡翠・琥珀の姿を、追い出されたレンが仕返しとばかりに密告した事により、二人曰く『新参者のお邪魔虫達』が目撃して、すぐさま修羅場第二幕が開始される事など予測していなかったであろう。

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